久しぶりに、3マンが決まりました!
会場は町田CLOVE
5月31日 久しぶりにXieの日にLIVEですね。
いつもより長い時間演奏できるので、楽しみです!
お時間のある人は、是非遊びに来てください!
会場は町田CLOVE
5月31日 久しぶりにXieの日にLIVEですね。
いつもより長い時間演奏できるので、楽しみです!
お時間のある人は、是非遊びに来てください!
軍事境界線 (朝鮮半島)38度線に行きました。
ここに、詳しく書いてあった。
日本から、飛行機に乗って、1時間半、そっから、バスで、1時間、、
長野に行くのと同じくらいの時間で、、たどり着けるような場所に、
同じ民族同士で、国を分断している場所にたどり着くことができてしまいました。
そこに立ち入るには、服装の制限と、外国人である証明書であるパスポートが必要です。
ソウルからは、バスでその場を訪れるのですが、厳重な警備がされている検問所にたどり着き、
機関銃を抱えた兵隊さんが、バスの中に入ってきて、一人一人のパスポートを確認します。
もしそこで、勝手な行動をすれば、きっと打たれます。
簡単に死にます。
その検問所の回りは、何キロにもわたって、地雷が埋まっている地帯です。
検問所を抜けて数分で境界線にたどり着きました。
小高い丘があり、僕はそこに上って、DMZ非武装地帯を上から見ました。
大きな国旗が向こう側と、こっち側にはためいていました。
互いの国旗は、同じ方向になびいていました。
綺麗でした。とても綺麗でした。
現在、世界中で、国が分断されているのは、ここだけです。
望遠鏡を使うと、北朝鮮の人たちが、畑を耕しているのが良く見えます。
韓国の兵隊は、つねに北朝鮮の兵隊を監視しています。
北朝鮮の兵隊は、ずうううっと、こっちを見ていました。
戦後すぐに、北朝鮮の人は、ソウルの市街地まで、1万人の兵隊を5分間で送り込んで、一気に町を壊滅させるために、トンネルを掘ったそうです。空から人を殺そうとしても、レーダーに見つかって、人を殺すことができないからだそうです。そのために、トンネルからこっそり町の中心に出たほうが、一気に大勢の人を殺せるから、トンネルを掘ったそうです。
しかし、北朝鮮から脱北したひとがそれを、韓国の偉い人に教えてあげたそうです。
そのため、韓国は、そのトンネルを見つけることができました。
しかし、今から、数年前さらにまた新しい軍事用トンネルが見つかりました。
僕は、そのトンネルに入りました。
入り口から、ずうううっと坂を下りて、高さ180cmほどしかない何キロもあるトンネルに入りました。
途中まで行くと、封鎖壁というのがあって、その先は、北朝鮮だそうです。
その、封鎖壁のさらに数十メートル先に、もっとすごい封鎖壁があって、その先にさらに封鎖壁があります。そこには、今でも、韓国の兵隊さんと、北朝鮮の兵隊さんが、お互いが責め合わないように常に厳重な警備をしているそうです。
24時間常に交代制で監視をしているそうです。
そのトンネルは、本当にここ最近まで掘られていたそうです。
もし、見つけることができなかったら、ソウルの近くまで掘られて、戦争になったかもしれないと思いました。
韓国人のおばあちゃんが、その最初の封鎖壁の前で泣いていました。
僕は、それを見て、少しだけ、悲しくなりました。
でも、少しだけでした。
おばあちゃんは、きっと、すごい悲しかったと思います。
でも、僕は、少ししか、悲しくなれませんでした。
痛みや、悲しみは、当人でなければ、感じられません。
でも、もし、そのおばあちゃんのことを、僕がとても愛していたら、
同じくらい悲しくなったと思います。愛してるということは、そういう意味もあるんだろうね。
そのとき、そう思いました。
僕は、その軍事境界線でこの、二つに分裂した国が一つになればいいなあ。
と思いました。でも、何もできません。思うだけしかできません。
当たり前ですが、何もできませんでした。
でも、何もできないな。と、確認できました。
それと、二つの国旗がはためいてるのを見れて、とてもうれしく思いました。
知ることができたからだと思います。
離れていると、意識はぼやけるもので、近づくと、意識ははっきりするものですね。
知っていたけど、見ると、意識はぜんぜん変わります。
今回、僕が見たのは、韓国から見た北朝鮮でした。
それだけでは、全部ではないと思うので、
次は、反対側から見に行こうと思います。
そのとき、トンネルの反対側でも、誰かが、悲しんでいたら、
きっと、今回より、少しだけさらに悲しい気持ちになるかもしれない。
それを、確かめておきたい。
だから、行ってきます。
ここに、詳しく書いてあった。
日本から、飛行機に乗って、1時間半、そっから、バスで、1時間、、
長野に行くのと同じくらいの時間で、、たどり着けるような場所に、
同じ民族同士で、国を分断している場所にたどり着くことができてしまいました。
そこに立ち入るには、服装の制限と、外国人である証明書であるパスポートが必要です。
ソウルからは、バスでその場を訪れるのですが、厳重な警備がされている検問所にたどり着き、
機関銃を抱えた兵隊さんが、バスの中に入ってきて、一人一人のパスポートを確認します。
もしそこで、勝手な行動をすれば、きっと打たれます。
簡単に死にます。
その検問所の回りは、何キロにもわたって、地雷が埋まっている地帯です。
検問所を抜けて数分で境界線にたどり着きました。
小高い丘があり、僕はそこに上って、DMZ非武装地帯を上から見ました。
大きな国旗が向こう側と、こっち側にはためいていました。
互いの国旗は、同じ方向になびいていました。
綺麗でした。とても綺麗でした。
現在、世界中で、国が分断されているのは、ここだけです。
望遠鏡を使うと、北朝鮮の人たちが、畑を耕しているのが良く見えます。
韓国の兵隊は、つねに北朝鮮の兵隊を監視しています。
北朝鮮の兵隊は、ずうううっと、こっちを見ていました。
戦後すぐに、北朝鮮の人は、ソウルの市街地まで、1万人の兵隊を5分間で送り込んで、一気に町を壊滅させるために、トンネルを掘ったそうです。空から人を殺そうとしても、レーダーに見つかって、人を殺すことができないからだそうです。そのために、トンネルからこっそり町の中心に出たほうが、一気に大勢の人を殺せるから、トンネルを掘ったそうです。
しかし、北朝鮮から脱北したひとがそれを、韓国の偉い人に教えてあげたそうです。
そのため、韓国は、そのトンネルを見つけることができました。
しかし、今から、数年前さらにまた新しい軍事用トンネルが見つかりました。
僕は、そのトンネルに入りました。
入り口から、ずうううっと坂を下りて、高さ180cmほどしかない何キロもあるトンネルに入りました。
途中まで行くと、封鎖壁というのがあって、その先は、北朝鮮だそうです。
その、封鎖壁のさらに数十メートル先に、もっとすごい封鎖壁があって、その先にさらに封鎖壁があります。そこには、今でも、韓国の兵隊さんと、北朝鮮の兵隊さんが、お互いが責め合わないように常に厳重な警備をしているそうです。
24時間常に交代制で監視をしているそうです。
そのトンネルは、本当にここ最近まで掘られていたそうです。
もし、見つけることができなかったら、ソウルの近くまで掘られて、戦争になったかもしれないと思いました。
韓国人のおばあちゃんが、その最初の封鎖壁の前で泣いていました。
僕は、それを見て、少しだけ、悲しくなりました。
でも、少しだけでした。
おばあちゃんは、きっと、すごい悲しかったと思います。
でも、僕は、少ししか、悲しくなれませんでした。
痛みや、悲しみは、当人でなければ、感じられません。
でも、もし、そのおばあちゃんのことを、僕がとても愛していたら、
同じくらい悲しくなったと思います。愛してるということは、そういう意味もあるんだろうね。
そのとき、そう思いました。
僕は、その軍事境界線でこの、二つに分裂した国が一つになればいいなあ。
と思いました。でも、何もできません。思うだけしかできません。
当たり前ですが、何もできませんでした。
でも、何もできないな。と、確認できました。
それと、二つの国旗がはためいてるのを見れて、とてもうれしく思いました。
知ることができたからだと思います。
離れていると、意識はぼやけるもので、近づくと、意識ははっきりするものですね。
知っていたけど、見ると、意識はぜんぜん変わります。
今回、僕が見たのは、韓国から見た北朝鮮でした。
それだけでは、全部ではないと思うので、
次は、反対側から見に行こうと思います。
そのとき、トンネルの反対側でも、誰かが、悲しんでいたら、
きっと、今回より、少しだけさらに悲しい気持ちになるかもしれない。
それを、確かめておきたい。
だから、行ってきます。


